2008 re/max世界ドラコン選手権 観戦記
次世代のスーパースターの誕生だ!



2008年10月22日 水曜日

1年という時間が長いのか短いのかよくわからないが、とにかく慌ただしい毎日を過ごしているうちに、今年も世界ドラコン選手権の季節がやってきた。

昨年が初めての取材だったが、初出場の選手が舞い上がってしまうように、私もまたふわふわと体が浮くような感覚の中での観戦だったように思う。最終日の夜に行われたシニアとオープンの決勝では、フィールド内に立ち入り、ティーグラウンドのすぐ横で夢中でカメラのシャッターを切っていたが、自分が歴史的瞬間にこれほどまでに近い場所で立ち会うことになるとは、と内心ドキドキしていたのをよく覚えている。

 今年の日本チャンピオンは南出仁寛選手。9月の末に行われた日本大会の決勝で私は司会を務めたので、南出選手の勝利もまた、一番近い場所から観戦していたことになる。バネのある体をめいっぱい使って打つ南出選手のハイドローは見事だったし、実力通りの結果だったと思う。2回目と出場となる南出選手が日本代表としてどこまで世界の強豪を相手に戦えるのか、期待と不安を胸に、私はラスベガスへと飛んだのだった。

 サンフランシスコ経由でラスベガスに着くと、昨年もお世話になった現地コーディネーターの高森氏が出迎えてくれた。南出選手とトレーナーの岡本啓司氏の姿も見える。南出選手は時差を解消すべく1日早い便で到着していたのだ。私の荷物が出てこないというアクシデントがあったのだが、選手登録の時間に遅れそうなこともあり、とりあえず体だけで世界大会が開催されるメスキートに向かった。


選手登録を済ませた南出選手

 昨年と同じくメスキートのカサブランカホテルのコンベンションホールにレセプションカウンターが用意されていて、南出選手は選手登録及びクラブチェックを受ける。幸か不幸か南出選手は今年から行われるようになったドーピング検査の無作為抽出に当たり、検査を受けることになった。けっこう時間がかかるということだったので、われわれは検査の列に並ぶ南出選手を残し宿泊ホテルにチェックインに向かった。

 その夜は女子の部の決勝だった。昨年も到着した日の夜に女子の決勝を見に行き、ボディビルダーのようなシーラ・ケリハー選手が土壇場で優勝候補のフィリス・メティ選手を破ったシーンを目撃したものだった。今年シーラ選手はベスト4に残れず、メティ選手の他にはラナ・ローレス選手、サリー・ディー選手、ティファニィ・カタフィジョーツ選手という顔ぶれ。実はこの夜はものすごいアゲンストで、予選では軽く300ヤード飛ばしていた彼女たちが260ヤード前後しか飛ばない。準決勝でカタフィジョーツ選手はスーパーローボールを打っていたが、距離が伸びず、力で強引に持っていったローレス選手が決勝進出。もう1つの準決勝ではメティ選手が狙いすましたライナーを放ちジャスト300ヤードドライブでディー選手に格の違いを見せつける。決勝は上半身の怪力で持っていくというイメージのローレス選手と美しいスイングの持ち主であるメティ選手の争いとなったが、いっそう強まるアゲンストでローボールを狙ったメティ選手のボールが枠に入らない。結局ミスショットの250ヤードがメティ選手の記録となり、何も変えずに打って25

4ヤードのローレス選手が女子のチャンピオンに輝いたのだった。

2年続けて決勝で敗れたメティ選手。実力は間違いなくナンバーワン


女子のチャンピオンローレス選手

メティ選手と記念撮影する南出選手

 それにしても昨年にはなかった強いアゲンスト。50ヤードは距離をロスする風だ。弾道が高くアゲンストが苦手な南出選手の表情が曇っている。「マズイですよ。明日もこんなアゲンストだったら話になりません」。明日は明日の風が吹くさ、と慰めにもならない言葉をかけた私だったが、正直一夜明けていきなりフォローの風が吹くとも思えなかった。


2008年10月23日 木曜日

 今日は南出選手の出番の日だ。オープンディビジョンの予選第1日。12時から始まるグループ3で南出選手は戦う。オープンディビジョンの出場者は128名。16名ずつの8グループに分かれて予選を行い。ラウンド1とラウンド2を勝ち抜き各グループの上位4名に入れば32名で争われるラウンド5に進出できる。ラウンド5で上位半分に入った16名で行われるラウンド8で上位半分に入ればラウンド10に進出。ここで8人中上位4名に入れば無条件で準決勝進出で、これが最短でのファイナリストへの道だ。もう4人のファイナリストは複雑な敗者復活戦のシステムによって選ばれることになっていて、たとえばラウンド1で枠に入らなかったとしても、その後勝ち抜けば復活できるというシステムになっている。要は実力ある選手は必ず上位まで来れるというフェアな仕組みだ。

 ここで今年の試合会場について話しておくと、昨年まではパームスゴルフクラブというゴルフコースの広大な練習場にスタンドが組まれ会場となっていたのだが、パームスゴルフクラブがあるのがラスベガスのあるネバダ州ではなくお隣のアリゾナ州という事情もあったのだろう、今年からメスキートの目抜き通りにほど近い公営の競技場が会場となった。砂漠の中に造られた、サッカーやアメフトができる人工芝の競技場が縦に2面+2面隣接した広大な運動場で、その左サイドの縦2面を練習場、右サイドの縦2面を大会会場に使用していた。


 スタンドの大まかな組み方は昨年と同じだが、敷地が広くなったのとアメリカの経済不況でスポンサーテントが減ったぶんごちゃごちゃした感じがなくなっている。整然とはしているのだが、昨年のほうがお祭り的な要素が強く盛り上がっていたように思う。とはいえ、190pを超える選手たちが並び立つ練習場周辺は熱気に包まれていて、ズーバックを筆頭にドラコン界のスターが現れると雰囲気が変わる。


今年も健在。というより昨年よりキレがよかったズーバック選手

クールなモンロー選手はよく見ると松田優作に似ている

昨年までの会場だったパームスゴルフクラブのドライビングレンジが指定練習場になっており、南出選手は10時ごろからボールを打ち始めた。調子は悪くないようだ。日本でも安定したパフォーマンスを発揮する南出選手なので、本番で実力を発揮できないという心配はあまりない。アゲンストを気にかけて低い球なども打っていたようだが、本番で打つかどうかは決めかねているようで、直前の練習で決めるという。練習と体のケアを済ませて帰ろうとすると、われわれ一行は駐車場で日本人女性に「日本代表の方ですか?」と声をかけられた。なんでもフィアンセが世界大会に出場するそうで、練習を見にきたのだという。レンジに目を移すと、青いポロシャツを着たゲルマン人風の青年が腕っぷしでボールをハードに打っていた。彼女から「頑張ってください」というエールを受けてわれわれは会場に向かったのだった。


朝の練習での調子は上々。気になるのは風向きだけだった

練習を終えトレーナーの岡本氏から体のケアを受ける

 会場に着くと、軽いアゲンストだった。昨日ほどではないが、南出選手にとっては望ましくない状況だ。およそマイナス5ヤードの風。割り当てられたのはスタンドに最も近い右端の打席。南出選手は1キロはある重たい練習用のクラブで打ち始めると、今回使用するキャロウェイのレガシーに持ち替えて徐々にスピードを速めていく。「僕のボール大丈夫ですか? 他の選手に比べてショボくないですか?」と心配そうな顔を向けてくるが、それはなかった。日本の試合だとあまりの高弾道に一人だけ浮いている感のある南出選手だが、世界レベルでは当たり前の高さだ。ボールが飛び出ていくスピードも遜色ない。


右端の打席で直前の練習。低い球も試したが、いつも通りの球筋でいくことに決定

選手はこの通路を通ってティーグラウンドに向かう

出番を待つ南出選手

軽いアゲンストの中持ち球のハイドローで攻めた

ひとしきりいろんな球筋を試した後、「いまさら低い球は打てない。いつも通りにいきます」とつぶやいてティーグラウンドへと続くゲートに向かった。ほどなくして出番が来る。左打席に入るとキャディバッグを型どったボール入れからボールを6個取り出し1個をティーアップ。いよいよ南出選手にとっての第1ラウンドが始まるのだ。1球めはOB。2球め、ナイススイングでボールが宙に舞い上がる。あいかわらず軽いアゲンストだが記録は? 電光掲示板を見ると357ヤードだということがわかった。期待が持てる。3球めは当たりが薄く335やード。続く4球めは快心の当たりで360ヤード。結局この球が採用され、南出選手の第1ラウンドの記録は360ヤードとなった。これは8名中7番目の記録で敗者復活戦のラウンド3に進むこととなった。記録の幅は351ヤード〜385ヤード。369ヤード打てば勝ち抜けたのであと10ヤード足りなかったことになる。ラウンド3は4名で争われ、上位2名に入ればラウンド4に進出できる。後のない戦いだがアゲインストの影響で346ヤード。353ヤード打てばラウンド4に進出できたのだが、「たられば」の話をしても仕方がない。とにかくここで南出選手の2008年は終わったのだ。

午後3時15分からラウンド5が行われ、地元の英雄で昨年ベスト4のパターソン選手が順当に土曜日のラウンド8に駒を進めた。昨年のファイナリストで2002年のワールドチャンピオン、カール・ウォルター選手は391ヤード打ったがここで終了。ラウンド5ともなると相当レベルが高くなる。ハインズ選手の414ヤードを筆頭に、400ヤードドライブが連発しておりカットラインは398ヤードだった。今年はかなりハイレベルな争いになりそうだ。


地元の英雄パターソン選手には大きな期待が寄せられていた

2008年10月24日 金曜日

オープンディビジョン予選2日目。今日はグループ5のズーバック選手が朝一番の9時に登場するということで8時過ぎに会場入りした。ズーバック練習はすでに練習場にいて、打席に設けられた椅子に座って集中力を高めているところだった。やがて立ち上がると、ウエッジのアプローチ練習から始める。それからミドルアイアン、そしてようやくドライバーを握った。昨年見たのと同じ手順だったし、やはり上背はない。170pあるかないかだ。この小さな選手が5回世界チャンピオンのタイトルをとっているなら、日本人選手にもチャンスがあるのではないかと思えてくる。ただしスイングメカニズムは別格だ。ドライバーを振り始めると、体が軽やかに動く。まるでロータリーエンジンのような吹き上がりとでもいえばいいのだろうか、へそが回転したかと思えば上体がくるりと回り、クラブが極大のアーチを描く。

昨年の立ち上がりでズーバック選手は苦戦していたが、今年はすんなりと381ヤードでラウンド1、そして384ヤードでラウンド2を通過しラウンド5に駒を進めていった。ずーバック選手と同じグループ5には昨年けがで欠場した巨漢のワイワイ選手がいたが、ラウンド2でズーバック選手に1ヤード差で負けてラウンド4に回った。8人中上位2名がラウンド6に進出できたのだが、371ヤードと振るわず敗退が決定。

 10時半からのグループ6にはスティーブ・モンローが登場。私が見る限り、最も安定感のあるスイングの持ち主であるモンローは順当にラウンド5に駒を勧めた。同じグループには昨年の覇者マイク・ドビンがいてヘッドスピードを測りながら練習していたが、本番では精彩を欠きラウンド1では不発。ラウンド3は勝ち抜いたもののディフェンディングチャンピオンはラウンド4で姿を消してしまった。かなりナーバスになっていたし、スイングもあまり褒められたものではなく、スーパースターへの道は険しそうだ。

 12時からのグループ7の注目選手は、昨年のファイナリストであるカナダのジェミー・サルドウスキー選手だ。若干20歳のイケメンで2005年、2006年とジュニア部門を制している。ところがなんとラウンド1では枠に入れられず記録なし。場内が色めきだったが、ラウンド3で406ヤードを打って進出したラウンド4でなんと434ヤードを打ちラウンド6進出。若武者のスーパードライブにギャラリーは興奮。練習場に戻ったサルドウスキー選手はさっそくESPNのインタビューを受けていた。私はその姿をすぐそばで見ていたのだが、まだ幼さの残る青年で、レオナルド・ディカプリオに似ている。彼がチャンピオンになったらドラコン界も盛り上がるだろうな、という考えが頭をよぎった。


434ヤードのドライブを放ったサルドウスキー選手は弱冠20歳

昨年のチャンピオンマイク・ドビン選手は予選で姿を消した

この日はフォロー。午後から風がいい感じで吹いてきたので好記録が出るだろうと思っていたが、434ヤードは予想以上のビッグドライブだ。グループ8が行われる頃にはけっこうなフォロー風で、400オーバーが連発。ラウンド1では16人のうち6人が400ヤードおオーバーを果たした。ラウンド2でも8人のうち5人が400ヤードオーバー。フォローでは当たり前のように400ヤード打たないと世界では通用しないのだ。グループ8にはもう一人の日本代表である内藤崇選手がいたのだが、過去に出場した日本人選手の誰に聞いてもそうであるように、初めての経験では力を出しきれないもの。落ち付いているように見えたが、「何がなんだかわかりませんでした」という試合後の言葉が実感なのだろう。残念ながらラウンド3で内藤選手の世界大会は終わってしまったが、雄たけびをあげている姿が巨大スクリーンに大写しされるなど存在感はしっかりと示していた。


初出場の内藤選手。雄たけびをあげるパフォーマンスで目立っていた。

 この日も3時15分からラウンド5が行われ、ズーバック、モンロー選手らが順当にラウンド8に進出。ズーバック選手はラウンド8,10と安定したドライブでストレートでベスト8進出を決めた。ラウンド6に回ったサルドウスキー選手も423ヤード(ラウンド6)、411ヤード(ラウンド)7とビッグドライブを連発し土曜日のラウンド9に進出。やはり枠に入れてくる選手は強い。今年はサルドウスキー選手の年だと誰もが思ったに違いない。

2008年10月25日 土曜日

 いよいよ世界チャンピオンが決定する決勝の日がやってきた。私は昨年見逃したラウンド8からの戦いをどうしても見たかったので、10時にはスタンドにいた。私はメディアバッジを持っていて、選手たちと同じフィールドに下りて写真を撮ることができたのだが、このときはそうしなかった。ファインダーを覗いていると弾道を目で追えないし、試合の展開をリアルに感じられないのだ。というわけで私は右サイドのスタンドに陣取り、ときおり写真を撮りつつ、基本的には観戦をした。

 土曜日の午前中の戦いはスター揃いなので面白い。ストレートの勝ち上がり組であるラウンド8にはズーバック、パターソン、シューバ、モンローといったビッグネームがいて、パターソン選手以外はラウンド10に進んた。このとき目立っていたのがジョー・シューバ選手だ。ノーコック打法でシャフトをしならせるというよりは叩いていくタイプ。高い球が風に乗って記録を伸ばしていた。前日に420ヤードと428ヤードをマークするなど今大会のダークホース的存在だ。一方パターソン選手は地元ということでかなり注目されており、プレッシャーの中での戦いだったと思う。昨年のような躍動感や強烈なシャフトのしなりが見られず記録は伸びていなかった。

同じく苦戦したのがサルドウスキー選手だ。8人中上位2人に入らなければならないラウンド9で初球から5連続OB。もう後がないところまで追い込まれたが、ラスト1球で392ヤードを放ち、辛くもラウンド11進出。そしてこの時点でパターソン選手の敗退が決定した。サルドウスキー選手はラウンド11でも再び5連続OB。勝ち抜くには387ヤードが必要な状況だったが、大声援を受けながらの6球目でなんとか枠をとらえ403ヤードをマーク。土壇場で力を発揮して決勝を争う8人の枠に滑り込んだのだった。

さあ残すは決勝のみ。試合開始は5時からだったので、われわれはラスベガス市内でショッピングを楽しんだ後トンボ返りして4時30分に会場入り。南出選手たちはバックスタンドに陣取り、私はライトスタンド際のフィールドで時間を待った。ほぼ無風だった。5時15分になるとセレモニーが始まりまる。国歌演奏の後、この大会のチャリィティ募金によって病気が快復した少年が登場。レフティの少年が始球式を行い、そのあとにシニアの決勝に残った4人が姿を表した。ゲイリー・ジェームス、ダン・ブーバー、ブライアン・ハリス、マイク・ゴートンの4選手だ。昨年は8人でのトーナメント戦だったが、今年は4人でのト−ナメントなのであっという間の勝負。ちなみに予選は2分45秒の同時打ちでしたが、決勝は2分で3球づつの交互打ちで、BGMはなし。3球打ったら選手交代。先に打つ選手に良い記録が出なかった場合、後から打つ選手が最初の3球で好記録を出せば残りの3球を打たずに勝負が決まることもあるわけだ。シニアの決勝はブーバー選手とゴートン選手で行われ、終始ジョークを飛ばしながら打つブーバー選手が勝って賞金5万ドルを獲得!



ジョークを飛ばし続けて勝ったダン・ブーバー選手。

いよいよオープン部門の決勝だ。昨年はファイナリスト8人によるトーナメント戦だったが、今年から競技方向が変わった。8人が一人打ちで6球打ち、上位4人がセミファイナル進出。記録1位と4位の選手、2位と3位の選手でマッチプレーのセミファイナルが行われ、それぞれの勝者でファイナルを争うのだ。ファイナリストが一人ずつ順番に登場して6球打つので、それぞれのファンが集中して声援を送ることができるし、ビッグネームが登場すれば、その一挙種一同足を観察することができるので、この方式はけっこう盛り上がる。上位4名でのトーナメントという形式もフェアなのではないだろうか。


2008年のファイナリスト8名


安定したドライブを放ち続けたズーバック選手

さて1位通過は415ヤードでサルドウスキー選手。2位は10センチ差で南アフリカのゴース選手だった。3位ハインズ選手(413ヤード)、4位コーリング選手(405ヤード)。ズーバック選手は400ヤードを打ったものの5番手となり残れなかった。

こうなると流れはしぶとく生き残ってきたサルドウスキー選手のもの。セミファイナルでは419ヤードを打ちコーリング選手を寄せ付けない。そして決勝。南アフリカのイケメンゴース選手との対戦となり、どちらが勝っても見栄えのいいチャンピオンの誕生だと思っていたが、サルドウスキー選手の勢いは止まらない。ゴース選手が3球打った直後の1球めでいきなり417ヤードドライブを放ち王手をかける。ゴース選手はラスト3球にかけたが、力んで枠に入らない。残り3球を打たずして弱冠20歳のワールドチャンピオンが誕生したのだった。

興奮のるつぼの中で表彰式が行われ、優勝カップを恥ずかしそうに高々と掲げるサルドウスキー選手。同じカナダ人のスーパースタージェイソン・ズーバック選手に憧れ、そのスイングを参考に飛距離能力を磨いてきた青年だ。ズーバック選手への思いを交えながらインタビュ−に答えるサルドウスキー選手をスタンドの陰からズーバック選手が見守っていたのが印象的だった。やがて場内が暗くなり、遠くで花火が上がる。ズーバック選手は静かにティーグラウンドに歩み寄ると新チャンピオンに祝福の言葉をかけ、去って行った。そして花火が終わる。こうして2008リマックス世界ドラコン選手権はすべての日程を終了したのだ。


ジョー・シューバ選手

ナイスドライブを放つとバク宙を決める小柄なコーリング選手がベスト4に進出。

南アフリカのゴース選手が決勝進出。栄冠をつかみかけたのだが…

目立たないがしっかりベスト残ったハインズ選手

優勝賞金25万ドルを獲得


 2年続けて現場に来て最も強く感じたのは、「まぐれでは絶対に勝てない」ということ。最短でもラウンド1、2、5、8、10と5回連続して勝ち抜かないと準々決勝に進めないし、どこかで負けてもその後勝ち進めば優勝するチャンスがあるので、400ヤードオーバーのポテンシャルを持ち、かつ枠に入れられる正確性を兼ね備える選手が確実に決勝の舞台に登場してくるのだ。今年から準々決勝の競技方法が変わり、競合同士が潰し合うということがなくなったので、よりフェアなシステムになったと思う。つまりはその年の真のチャンピオンを決めるのにふさわしい大会だということだ。

 選手たちの使用クラブについてだが、上位を見るとコブラが圧倒的に強かった。優勝したサルドウスキー選手、準優勝のゴース選手はともにコブラのスピードプロを使用していたし、ズーバック選手もコブラだ。有力な選手はほぼコブラが押さえているという印象。他に目立ったのはクランクゴルフのエル・ディアブロ。真っ黒なボディに赤い2本線が入った個性的なデザインと赤い悪魔のマークでかなり目立つクラブだが、今年は使用する選手が急増していた。ドラコンに絞ってマーケティングしているのだろう。特にシニア、およびスーパーシニアクラスで使用する選手が多かった。シャフトだが、昨年はどこを見てもV2という印象だったが、今年はバリエーションに富んでいた。目についたのはグラファイトデザインのドラコン仕様シャフトぐらいだろうか。ちなみにサルドウスキー選手はハウス・オブ・フォージドのマイク・ドビンモデルを使用。ゴース選手も同じくハウス・オブ・フォージドだった。そしてワイワイ選手とモンロー選手は今年発売になったALL OUT GOLFというメーカーのN-FORCER LDというオレンジと白のツートンカラーが鮮やかなシャフトを使ってい
N-FORCER LDも刺さっていた。おそらくすべてのメーカーが新製品を持ってくるだろうし、アラウンド40のズーバック選手がいまなお第一線で活躍し続けることができているのは、あらゆるドラコン用シャフトをテストし、自分に合ったものを選んでいるからに違いない。

 ドラコンは選手のパワーおよび技術とギアが完全にマッチングしてこそ世界タイトルをとれる、フォーミュラーワンのようなもの。だからこそ面白いし、ズーバック選手やサルドウスキー選手のような上背も体重も日本人と変わらない選手が世界チャンピオンになれるのだ。ということは日本人選手にも十分戦える可能性があるということ。来年はぜひとも日本代表選手がラウンド5に進出する姿を見てみたいものである。